令和4年(2022年)12月16日に『令和5年度税制改正大綱』が公表されました。詳細は割愛しますが、下記内容の改正事項が記載されています。
<令和5年度(2023年度)税制改正大綱の記載事項>
〇個人所得課税
・NISAの抜本的拡充・恒久化
・特定中小会社が設立の際に発行した株式の取得に要した金額の控除等の特例(スタートアップ支援)の創設
・エンジェル税制の拡充及び要件緩和
・ストックオプション税制の拡充
・極めて高い水準の所得に対する負担の適正化
〇資産課税
・相続時精算課税制度の見直し(贈与税・相続税)
・相続税の計算上加算する生前贈与の期間延長
・教育資金の一括贈与の非課税措置の見直し(課税強化し3年延長)
・結婚・子育て資金の一括贈与の非課税措置の見直し(課税強化し2年延長)
・医業継続に係る相続税・贈与税の納税猶予等の特例措置の延長・緩和
〇法人課税
・暗号資産の期末時価評価等の課税に係る見直し
・オープンイノベーション促進税制の拡充及び要件の見直し
・研究開発税制の見直し
・デジタルトランスフォーメーション(DX)投資促進税制の見直し及び延長
・スピンオフの実施の円滑化のための税制措置の拡充
・株式交付制度における所得計算の特例の見直し
・中小企業者等に対する軽減税率の延長
・<設備投資減税>中小企業向け設備投資促進税制の見直し及び延長
・<設備投資減税>先端設備等導入計画に基づく固定資産税減免制度の見直し
・地域未来投資促進税制の拡充・延長(所得税・法人税)
・特定資産の買換えに係る期限延長と一部見直し
〇国際課税
・外国子会社合算税制の見直し
・各対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税(仮称)の創設
〇消費課税
・適格請求書等保存方式(インボイス制度)に係る見直し
・適格請求書発行事業者となる小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置
・中小事業者の少額取引に係る事務負担の軽減措置
・返還インボイスの交付義務の見直し
・適格請求書発行事業者登録制度の見直し
〇納税環境整備等
・電子帳簿等保存制度の見直し
・防衛費の財源確保のための税制措置
財務省HPでも分かりすくまとめたパンフレットが閲覧できますので、よろしければこちらもご参考にしてください。
この改正大綱の中に不動産関連情報として、生前贈与の「暦年課税」と「相続時精算課税」の制度が改正されることとなりましたので、今回はその点にフォーカスして解説します。
現在の日本では高齢化が進んでいることに伴い、高齢世代に資産が偏っている状況があります。相続によって資産が移転する時期についても、いわゆる「老々相続」が増えており、結果として若い世代への資産移転が進みにくい状況です。
また、贈与税はもともと生前贈与で相続財産を減らして相続税を免れたり不当に税額を減らしたりすることを抑える目的で導入された税金のため、税率は相続税に比べて厳しくなっています。そのため、将来の相続財産が比較的少ない人にとっては生前贈与を抑える傾向がある一方で、相続財産を多く保有している人にとっては生前贈与で分割しながら財産を移転することによって相続税の負担を軽減することが可能となっています。
このような背景から、現行の暦年課税制度と相続時精算課税制度を見直すことで、資産の再分配機能の確保を図りつつ、資産の移転時期を選べるよう中立的な税制を構築していくために、今回の税制改正が行われました。ちなみに生前贈与のルール改正は65年ぶりです。
生前贈与に対する基本的な考え方の税制改正大綱の原文は下記の通りです。
資産移転の時期の選択により中立的な税制の構築
高齢化等に伴い、高齢世代に資産が偏在するとともに、いわゆる「老老相続」 が増加するなど、若年世代への資産移転が進みにくい状況にある。高齢世代が保有する資産がより早いタイミングで若年世代に移転することとなれば、その有効活用を通じた経済の活性化が期待される。 一方、相続税・贈与税は、税制が資産の再分配機能を果たす上で重要な役割を担っている。高齢世代の資産が、適切な負担を伴うことなく世代を超えて引き継がれることとなれば、格差の固定化につながりかねない。わが国の贈与税は、相続税の累進負担の回避を防止する観点から、相続税よりも高い税率構造となっている。実際、相続税がかからない者や、相続税がかかる者であってもその多くの者にとっては、贈与税の税率の方が高いため、生前にまとまった財産を贈与しにくい。他方、相続税がかかる者の中でも相続財産の多いごく一部の者にとっては、財産を生前に分割して贈与する場合、相続税よりも低い税率が適用される。 このため、資産の再分配機能の確保を図りつつ、資産の早期の世代間移転を促進する観点から、生前贈与でも相続でもニーズに即した資産移転が行われるよう、諸外国の制度も参考にしつつ、資産移転の時期の選択により中立的な税制を構築していく必要がある。
引用:令和5年度税制改正大綱(PDFデータ)|自民党HP
暦年課税の生前贈与加算が3年から7年に延長
生前贈与には毎年課税する暦年課税と相続時にまとめて課税する精算課税の2つがあります。暦年課税とは、1年間に贈与された財産の合計額をもとに贈与税額を計算する方法のことですが、1人当たり年間110万円の基礎控除額があるため、贈与を受けた金額が110万円以下なら贈与税はかかりません。
また、110万円を超えた場合の税率は、一般贈与財産と特例贈与財産で異なり、特例贈与財産の方が税率が低く設定されています。特例贈与財産とは、贈与を受けた年の1月1日時点で18歳以上である人が父母や祖父母などの直系尊属から贈与された財産のことです。一般贈与財産とは、兄弟間や夫婦間など特例贈与財産に該当しない贈与のことです。
【暦年課税による贈与税の計算方法】
1年間の贈与額を合計する→基礎控除額(110万円)を差し引く→税率(10〜55%の8段階で累進課税)を掛けて贈与税を計算する
一般贈与財産(一般税率)
特例贈与財産(特例税率)
暦年贈与は年間110万円の基礎控除額があるため、上手く活用して贈与を行っていけば、少しずつ相続財産を減らしていくことができ、相続税対策として有効です。(※定期贈与とみなされると、基礎控除が初年度しか適用されなくなってしまうため、贈与の方法は注意が必要)
ただし、相続が発生した際は死亡前3年以内に贈与された財産は相続税の課税の対象になるという決まりになっていました。つまり、例えば父親から子どもに10年にわたって毎年110万円ずつ財産を贈与していた場合、その父親が亡くなって相続が発生したら、さかのぼって3年分の贈与は相続税の計算に持ち戻さなくてはならないということです。
それが今回の改正で、2024年1月1日より暦年課税制度の相続財産加算は死亡前3年から7年に変更となります。いわゆる“駆け込み贈与”を抑制し、相続税課税の対象になる生前の早い段階での贈与を促し、若い世代が結婚や子育てなどで資金を必要としているときに円滑に資産が移りやすいようにします。加算期間が延長されたということは相続財産が増加するということなので納税者にとっては増税となる改正です。
日本では1950年代に3年という期間が設定されました。海外ではイギリスで7年、アメリカでは一生にわたって相続財産として課税するといった国もあります。期間が長いほど資産を移転する時期に影響を与えにくく、中立的とされています。それも子や孫が資金を必要としている時に円滑に生前贈与が進むと考えられています。
暦年贈与に対する税制改正大綱の原文は下記の通りです。
相続開始前に贈与があった場合の相続税の課税価格への加算期間等について、次の見直しを行う。
①相続又は遺贈により財産を取得した者が、当該相続の開始前7年以内(現行:3年以内)に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得したこ とがある場合には、当該贈与により取得した財産の価額(当該財産のうち当 該相続の開始前3年以内に贈与により取得した財産以外の財産については、当該財産の価額の合計額から100万円を控除した残額)を相続税の課税価格に加算することとする。
(注)上記の改正は、令和6年1月1日以後に贈与により取得する財産に係る相続税について適用する。
② その他所要の整備を行う。
引用:令和5年度税制改正大綱(PDFデータ)|自民党HP
相続時精算課税制度とは、60歳以上の父母や祖父母から18歳以上の子や孫が贈与を受けた場合に2,500万円までを非課税とする一方で、その人が亡くなった際には、相続時の相続財産に、過去に生前贈与した分も合わせて相続税を課税するという制度です。なお、2,500万円を超えた分の贈与には、贈与時に20%の贈与税がかかりますが、相続税を計算する際に支払った贈与税相当額は控除されます。
例えば父親から子どもに2,500万円を贈与する場合、相続時精算課税制度を利用すれば贈与の時点では贈与税は発生しません。数年後に父親が亡くなって相続財産が5,000万円だった場合、先に同制度を使って贈与された2,500万円を加算し、計7,500万円に対して相続税が計算されるということになります。もし、贈与が3,000万円であれば、相続時精算課税制度を利用することで2,500万円までの贈与税は非課税、残り500万円に贈与税が発生します。この際、支払った贈与税100万円が相続税が発生した場合にその額から控除されます。
相続時精算課税制度は、贈与税の非課税枠があるため、一見すると節税に見えますが、実質的には課税の先送りと言われています。
将来相続税がかからない場合で、財産を受け取る方法が相続のタイミングではいつになるか分からないときに有効な手段でした。住宅取得や子育てなどでまとまった資金が必要な時にタイミング良く贈与してもらいたいというときに活用できます。
また、相続が発生したときに持ち戻すときの金額は贈与時の時価となるため、会社経営者が自社の株式を時価の低いときに贈与を行う事業承継対策として活用するケースも多くあります。
しかし、相続時精算課税制度の適用を受けるにはまず税務署に届け出る必要が生じ、一度選択すると年間110万円の贈与税の非課税枠となる暦年贈与が利用できなくなってしまうため、利用が低迷していました。また、少額の贈与についても毎年贈与税の申告をする必要がありますので、この辺の使い勝手が悪かったことも精算課税贈与を活用する人が少なかった一つの要因です。
そこで今回の改正で、2024年1月1日からは現行の特別控除2,500万円とは別に年間で基礎控除110万円を控除することができるようになります。また、暦年課税制度は年間110万円以下の贈与でも相続開始前7年以内の贈与は生前贈与加算の対象になり相続財産に加算しますが、相続時精算課税制度は年間110万円以下の贈与は期間関係なく生前贈与加算の対象になりません。これにより制度の使い勝手を高め、利用を後押しする形となります。
相続時精算課税制度に対する税制改正大綱の原文は下記の通りです。
相続時精算課税制度について、次の見直しを行う。
① 相続時精算課税適用者が特定贈与者から贈与により取得した財産に係るその年分の贈与税については、現行の基礎控除とは別途、課税価格から基礎控除 110 万円を控除できることとするとともに、特定贈与者の死亡に係る相続税の課税価格に加算等をされる当該特定贈与者から贈与により取得した財産の価額は、上記の控除をした後の残額とする。
(注)上記の改正は、令和6年1月1日以後に贈与により取得する財産に係る相続税又は贈与税について適用する。
② 相続時精算課税適用者が特定贈与者から贈与により取得した一定の土地又 は建物が当該贈与の日から当該特定贈与者の死亡に係る相続税の申告書の提出期限までの間に災害によって一定の被害を受けた場合には、当該相続税の 課税価格への加算等の基礎となる当該土地又は建物の価額は、当該贈与の時 における価額から当該価額のうち当該災害によって被害を受けた部分に相当する額を控除した残額とする。
(注)上記の改正は、令和6年1月1日以後に生ずる災害により被害を受ける場合について適用する。
③ その他所要の措置を講ずる。
引用:令和5年度税制改正大綱(PDFデータ)|自民党HP
これからは相続時精算課税が生前贈与の主役になる!?
今回の税制改正では、暦年課税の相続財産加算の期間を長くし、相続時精算課税制度の使い勝手の悪さを解消する内容となっています。
そのため、今後はほとんどのケースで暦年贈与より精算課税贈与のほうが相続税の節税ができることとなります。相続対策で生前贈与をしている多くの人は贈与税の基礎控除額である110万円以下の贈与を活用しています。このような年間110万円以下の少額贈与を継続するならば精算課税贈与の方が有利となりますので、2021年の暦年課税の利用者が年48万人に対し、精算課税は年4万人がどこまで変化が出てくるかは、これからの動向に注目していきたいと思います。
ぜひ、今後の参考にお役立て下さい。
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